風の彼方へ

そして、いま、ここに在ること

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Posted by machiku on  | 

グヤサマジャ・後編

前回のグヤサマジャの話のつづきです。

オウムには、出家者のみならず、在家の信徒さんにも伝授されていた
秘儀瞑想というものがありました。
代表的なのは、グルヨーガマイトレーヤ、小乗のツァンダリー、
グルヨーガ、大乗のツァンダリーの四つの瞑想法です。

私がグヤサマジャを描くように依頼された頃は、
これらの瞑想法はまだちゃんとした形で伝授されていませんでした。

たとえば、グルヨーガに関しては、はじめの部分は伝授されていたものの、
最後までいっていませんでした。
グルヨーガマイトレーヤや大乗のツァンダリーの伝授が行われたのは、
もっと後になってからのことです。

つまり、大きな柱とも言える四つの瞑想法のうち
弟子たちに対してはじめて最後まで伝授されたのが、
小乗のツァンダリーだったようなのです。
そして、それは私が、麻原さんからグヤサマジャを描くことを依頼された、
ちょうどそんなタイミングでした。

資料を見直してみると、小乗のツァンダリーは
八回に分けて伝授が行われているので、八日間に渡っての伝授だったと思います。

『メディテーション・セミナー』と題されたそのときのセミナーでは、
すべての日数を受けなければならないという説明はいっさいありませんでした。
場所は、それまでの丹沢や秩父ではなく、
東京近郊に住んでいればいつでも気軽に行くことができる
世田谷の上町にある道場でした。

そのせいかどこか気軽さがあって、好きな時間だけを受ければいいというような
雰囲気だったと記憶しています。
ほとんどの在家の人は、土日だけとかの、
あまり無理をしない時間設定で申し込んでいたようです。

私はそのとき、いつでも出家ができるように
会社は辞めてフリーで仕事をしていたので、
時間はやりくりすれば全日程参加することができました。
実際、八日間すべてを申し込んだのですが、
それを知った親しい人たちから、
「それは貪りだ」と怒られたのを覚えています。

じつはそのセミナーが始まる数日前ほどに、
麻原さんと直接に話をする機会がありました。
そのときに麻原さんは
「じつはこのセミナーは、全部の日数を参加しないと意味がないんだよ」
と、無邪気な笑みを浮かべながら種明かしをしてくれたのでした。

ある瞑想法を完全な形で伝授するのは初めての試みで、
いろんな意味で様子を見たかったのかもしれません。
もしかしたら在家の弟子たちにどれくらいの意欲があるのか
試したのかもしれません。

このとき伝授された小乗のツァンダリーの瞑想は、
貪瞋癡という三毒を使ってエネルギーを上げ、
解脱し、救済していくというものです。
この瞑想法にグヤサマジャが登場します。
ただし、姿形は、私が描くように依頼されたシヴァ神のグヤサマジャと、
まったく同じというわけではないのですが。

小乗のツァンダリーは、密教的と思わせる瞑想法です。
それ以前に、丹沢などで行われた説法でも
タントラヴァジラヤーナに関連する話は、
サラッと流すような感じで出てはいました。
そういった修行体系がいよいよしっかりとした形となってきたのが、
もしかしたらこの頃だったのかもしれません。
もちろん、これはあくまで瞑想修行の話ですが。

この修行からその数ヶ月後、
私はそれまで住んでいたマンションを引き払って
正式に出家を果たすことになりました。
ちょうどオウムの機関誌である『マハーヤーナ』が創刊された頃です。

マハーヤーナもまた、麻原さんの直接指示のもとに作られていきましたが、
それは関わっている人たちの話を聞きながら進めていくという形でした。
麻原さんが要望を伝えるのは本文の部分で、デザインやイラストなどは、
一応のチェックはするものの、口を挟んでも簡単なアドバイス程度という
状況だったように記憶しています。

そのマハーヤーナの創刊号には
私が初めて描いたグヤサマジャが載せられることになりました。
麻原さんからは、初めて描いたグヤサマジャに対して
まだまだ現世的なエネルギーが強いというような指摘を
何度か受けていました。
それでも一度描いたものは
ぞんざいに扱うようなことはないどころか、
最初の予定どおり祭壇に飾った上、
マハーヤーナにも掲載するといったように
とても丁寧に扱ってくれたのでした。

マハーヤーナの創刊号には「文月」(※七月)と書かれています。
この年の八月には、世田谷の松原に東京本部道場、
その翌日には大阪支部道場の道場開きが行われています。
その後も次々と各地に支部が開かれていくわけですが、
その支部の数だけ、私はグヤサマジャを描くことになりました。

余談ですが、私が新たなグヤサマジャを描くたびに、
麻原さんはその時々の私の修行ステージに沿った
評価をしてくれていました。
たとえば、そのときのグヤサマジャの色使いを見て
「ちゃんとアストラルに行っているんだなあ」
といった具合にです。
あるグヤサマジャを描いていたときは、
ずっとシヴァ神に対する強い憧れが出ていたのですが、
描き上がったものを見て、
「シヴァ神ってステキ、シヴァ神ってステキとずっと思念していただろ」
と言い当てられたこともありました。

じつはグヤサマジャの中に描かれているダキニ天女の様子は
最初に描いたものと、その後に描いたものとでは違っている部分があります。
はじめは一つの顔と二本の腕を持っていたのですが、
後になると、ダキニ天女も三面六臂となり、
グヤサマジャとダキニ天女の額には
梵字でオウム字が書かれるようになります。
これももちろん、麻原さんからの直接指示でそうなりました。

それらの指示は、たしか秩父でセミナーを開いていたときに
受けたと記憶しています。
麻原さんの控え室に呼ばれて行ってみると、
やはり、いつものように唐突に
「グヤサマジャとダキニ天女の額にオウム字を入れてもらいたい。
ダキニ天女もパワーアップしてステージをあげるために
三面六臂にしてくれないか」
と、穏やかな笑みを浮かべながら話していたことを思い出しました。

その秩父セミナーは、ちょうど麻原さんが教団名を
『オウム神仙の会』から『オウム真理教』へと変えたいという話を
されたときのものでした。

『オウム真理教』という名前は、そのとき突然に浮かんできたようで、
「これはシヴァ神の示唆だから」
というような話があったことを記憶しています。
意気揚々と話していたのがとても印象的で、
そのときそこにいた弟子たちの一人一人に、
「どう思うか?」と意見を聞いていました。

私がグヤサマジャを描いていた頃は、
こんなふうにいろんなことが同時に動き始めていたのでした。

その後、あるときから少しずつフェイドアウトするように、
グヤサマジャを描く時間が与えられなくなりました。
思い返してみると、完全に描かなくなったのは、選挙が終わった頃でした。
あの選挙のときに、麻原さんの目は完全に見えなくなっています。
そのタイミングでグヤサマジャを描くことがなくなったのは、
いま考えると単なる偶然とは思えないでいます。

グヤサマジャを描き始めた頃は、
そのときの私にとっては不思議とも思えるような
シヴァ神の意思を感じさせるような出来事があったりもしました。
そんな不思議な偶然のような出来事は、
描いている間、ずっと続いていたのかもしれません。

シヴァ神のグヤサマジャの意味合いは、
オウムが起こした数々の事件と切っても切り離せないものが
あったかもしれません。
しかし、描いているときの、あの何とも言えない
静かで穏やかなエネルギーは、
事件のきな臭さとはまったく結びつきません。
いま思い返しても、そんな風に感じるのでした。

これでグヤサマジャの話は終わりにします。
ブログも、またしばらくお休みします。

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Category : グヤサマジャ
Posted by machiku on  | 14 comments 

-14 Comments

元R師 says...""
面白いなあ。
試されているとしか思えないですね。

そうなんですよ。
新しい支部が出来るたびにグヤサマジャの絵が変化していくのがなんだか不思議な気がしてました。

全部並べて見てみたいですね。(笑)
2015.10.19 19:32 | URL | #- [edit]
深山 says...">元R師さん"
私もこの記事を書いているうちに、自分で描いたグヤサマジャを、もう一度、全部見たくなってきました。(笑)
でも、私自身が描いた順番を覚えていないと思うし、他にわかっている人なんていないでしょうし、順番は永遠に謎に包まれてしまったかもしれません。
見ればわかるかな。。。
2015.10.20 15:39 | URL | #8w11VUaU [edit]
元R師 says...""
順番はマハーヤーナを全冊揃えれば分かると思いますよ。
支部道場が開設されるたびに、巻頭にカラー写真が載ってましたから。

まあ、こんな事は出来ないと思いますが、みんなで集まってあーでもないこーでもないとか言いながら絵を順番に並べて、それからマハーヤーナで答え合わせをしたいですね。(笑)
2015.10.20 19:42 | URL | #- [edit]
深山 says...">元R師さん"
残念ながら、グヤサマジャの最新作が新しい支部に行くことはなかったので、仮に支部の写真が揃ったとしても順番はわかりません。
最新作は、常に富士山本部道場に置かれることになっていました。
で、いつもそうだったわけではなかったかもしれませんが、それまで富士にあったものは東京本部に行って、東京本部にあったものは、その時々に応じて、新しい支部に行ったり、あるいは大阪支部とか他の支部を経由したりしていました。
すごいときは、新しいグヤサマジャが描き上がると、幾つもの支部のグヤサマジャが入れ替わったりしていたときもあり、車両班の人が何日もかけて、グヤサマジャの入れ替えを行っていたこともあったようです。
おそらくは、そこの支部長や支部のカルマに応じて、どのグヤサマジャをどの支部に置くかを、グルは細かく指示していたようです。
ということなので、やはり、グヤサマジャを描いた順番は、永遠に闇の中かと思われます。
2015.10.21 08:53 | URL | #8w11VUaU [edit]
元R師 says...""
なるほど、そういうことですか。
2015.10.21 20:31 | URL | #- [edit]
隣の・・・ says...""
記事を楽しみにしていました。

あの画材は油絵ですか? 絵にガラスとかが張ってないようで、汚れないのかなと思ったことがありました。
グヤサマジャには背景が空ヴァージョンと地ヴァージョンとありましたが、あれは麻原さんの指示はなかったのですか?
選挙が終わった頃に完全に描かれなくなったということですが、ロシア支部の分まで描かれていたのでしょうか?
富士山総本部道場の祭壇グヤサマジャよりどでかい両脇の絵も描かれていますよね?
あれはどういう意味合いがあるんでしょう。
絵画使用料がアレフから作者へ払われているという報道を見かけたことがありますが、本当ですか?

のちの事件はともあれ、深山さんの精魂込められたグヤサマジャは素晴らしい出来だったと思います。

隣の・・・は、隣のオウムにしようかな、と思って、何か過激派みたいだったのでお茶を濁しました(笑)。
2015.10.23 23:10 | URL | #OV6hSh8I [edit]
深山 says...">隣の・・・さん"
質問責めですね。まるで取材のようです。(笑)

グヤサマジャはリキテックスというアクリル絵の具で描いています。
リキテックスは、乾けば上から掃除しても大丈夫という利点があったということと、大きな絵だったので、あえてガラスはつけませんでした。でも、麻原さんからは、幾らかかってもいいから豪華な額縁にして欲しいと言われていたのに、大きいからと言う理由からですが、そうしなかったことが、後になって残念に思うことがありました。
グヤサマジャの背景に関しては、本文にあるとおり任せるといわれていたので、私がそのときに描きたいように描いています。

ロシア支部の分は描いていないはずですし、ロシアにはグヤサマジャはたぶん行ってないと思うのですが。

富士山総本部道場のグヤサマジャの両脇にある大きな絵は、シヴァ神とヴィシュヌ神です。
あれは、私がオウムに入る前に、奥さんが描かれていた原画があるのですが、それを、そのまま大きくして描いてくれと麻原さんから言われたので、できるだけ忠実に大きく引き延ばして描いたものです。

絵画使用料は、私はまったくもらっていないどころか、教団側から、そういった話しをされたこともありません。

そんな風にグヤサマジャを褒めていただけると、素直に嬉しいです。

隣のオウムという名前は、私にすればかわいいという印象を受けるのですが、過激派のような印象を受けることもあるんですね。言葉のイメージは、本当に人によって千差万別ですね。
2015.10.24 10:46 | URL | #8w11VUaU [edit]
隣の・・・ says...""
丁寧に質問に答えていただき嬉しいです。
この機会に、入信したころの疑問や、元法友のハテナもまとめて質問させていただきました。
長年の疑問が晴れるとスッキリしました(笑)。

額のシンプルさは、麻原さんの質素倹約じゃなくて、質実剛健の方針かなあと思っていました。深山さんが額のデザインをして作ってもらればきっとよかったのに。

「超能力秘密のカリキュラム」の付録マンダラとか、白黒の五仏マンダラも描かれていましたよね?
最初期のものと比べて、数年後に見たグヤサマジャは完成度が高く、チベットのマンダラと比べても、色形、見目麗しく、どこからこういうものが出来るのか、どういう頭の中をしているのか、霊性の高さ?、アストラルのキレイさ?、ともかくスゴイと思ったものです。
2015.10.25 23:35 | URL | #OV6hSh8I [edit]
深山 says...">隣の・・・さん"
>額のシンプルさは…

麻原さんは、質素倹約を心がけるところに関しては徹底していましたが、『布施』や『供養』ということになると、お金を惜しむことはありませんでした。グヤサマジャに関しては、シヴァ神に対しての供養と考えられていたようで、「いくらでもお金を使ってもかまわない」ということになったのだと思っていました。
でも、実際には大きな額の豪華な額となると、特注ということになり時間がかかってしまうのですが、その時間は与えられてなかったということを、いま思い出しました。そのため、すぐに注文できる質素な額になったのでした。
でも、その辺の『お伺い』は時間がないということで立てていなかったのですが、ちゃんと『お伺い』をしておけば良かったですよね。

>「超能力秘密のカリキュラム」の付録マンダラとか、白黒の五仏マンダラも描かれていましたよね?

それらは、私はまだ在家の青年部にすら入っていないときに作られたものなので、私はまったく関知していないものです。当然、私が描いたものではありません。
それらを作った人たちは、おそらくは、オウム神仙の会からオウム真理教へと名前を変えたときにやめていった人たちのものだと思います。
グヤサマジャを書く前の私の絵は、もっと毒々しかったかもしれません。その当時の私の絵を見た麻原さんからは、「これだけ本当の魔境を知っているというのはさすがだ」と喜ぶべきなのか悲しむべきなのかわからないような褒め言葉をいただいてしまったような絵だったようです。(笑)

絵を通して、というか、これはワークを通してということになると思いますが、さりげないグルからのアドバイスによって、いろんな物事に対してのものの見方というものを教えてもらったという実感はあり、それはいまでも感謝してもしきれないものがあると感じています。
2015.10.26 00:59 | URL | #8w11VUaU [edit]
シルバーストーン says...""
オウム関連にしてはほかにみられない、プライバシーを守り、他人を批判しない思いやりのある文章にいつも感心しております。その人柄を麻原さんが見抜いて、出世させなかったのかなと勝手に思ってしまいました。失礼だったらすみません。
2015.10.29 17:02 | URL | #- [edit]
シルバーストーン says...""
すみません投稿してからやはり不適切だったかなと反省しました。問題なら削除してください
2015.10.29 17:17 | URL | #- [edit]
深山 says...">シルバーストーンさん"
コメントをありがとうございます。
他人を批判しないという姿勢は、このブログの中でも、人によっては批判に見える箇所もあるようなので、それぞれの立場で見え方が違っているということのようです。

オウムの中で出世しなかったのは、自分としては、やはり、いろんな意味で修行が足りなかったというひと言につきると思っています。
ただ、オウムの中では、高いステージを与えられる=絶対的な権力を与えられるということにもつながっていました。逆にステージを与えられない=権力を与えられないということにもつながって来ます。もちろん、それは権力だけではなく、それぞれの持つプライド、名誉欲、支配欲求、その逆の依存心など、絶対的なステージの序列によって、それぞれの持つエゴというものが浮き彫りにされていたという側面は見逃せなかったと感じています。
すなわち、絶対的な序列、それは、その序列の変動も含めて、それらはすべてが、上の立場であろうと下の立場であろうと、それぞれの人が内側に持つエゴとも煩悩とも言えるものを浮き彫りにさせるマハームドラーのひとつであったと感じています。
なので、その場合は、あまり人柄というのは、オウムの中での出世には直接的な関係はなかったかもしれませんね。
逆の言い方をすれば、人柄が良さそうに見える人というのは、妥協というエゴが大きかった可能性もありますからね。(笑)
2015.10.30 00:21 | URL | #8w11VUaU [edit]
隣の・・・ says...""
>富士山総本部道場のグヤサマジャの両脇にある大きな絵は、シヴァ神とヴィシュヌ神です。

あれ、どっちがシヴァ神で、どっちがヴィシュヌ神ですか?
左がウマー・パールヴァティー、ドゥルガー、カーリーの三人の女神の娘に支えられた麻原さんを美化した絵だとなんとなく思ってました。
右はお釈迦様って教えてもらったようです。
全然違いました(笑)。
2015.11.03 23:48 | URL | #OV6hSh8I [edit]
深山 says...">隣の・・・さん"
右がシヴァ神で、左がヴィシュヌ神です。
私からすると、こういったことって、サマナの経験のある人であれば誰でもわかっていることと思い込んでいましたが、他の人に聞いても、後に出家した人は知らない人が多いと聞いてびっくりしてしまいました。知っている人にとっては知ってることが当たり前すぎてか、誰も説明する人がいなかったようですね。
オウムって、本当に肝心なことが抜けていることが多いですよね。

麻原さんはオウム真理教の時代は、ヴィシュヌ神の化身の形をとっているという話もありましたから、ヴィシュヌ神の方が、なんとなくでも麻原さんかなと思っていたのは間違いとは言い切れないかもしれませんね。
そういう言い方をすると、裏の顔がシヴァ神だったってことになりますけど。
2015.11.05 15:39 | URL | #8w11VUaU [edit]

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