風の彼方へ

そして、いま、ここに在ること

旅立ちの日 その6

その電話は、KSさんの大学時代の友人の方からでした。
ホスピスにお見舞いに行ったとき、
二度ほど顔を合わせたことがありましたが、
電話番号を伝えていたわけではないので、
ちょっとびっくりしました。

電話に出ると、この友人の方はまず、
KSさんが年のはじめに亡くなったことを教えてくれました。
それから自分の思いを正直に話してくれました、

じつはKSさんは、自分が亡くなったらそのことを、
何人かのオウムの関係者、マスコミや警察の知り合いの人たちに
伝えてほしい、と頼まれたそうです。
そのためのリストまでつくっていたようですが、この友人の方は結局、
「だれにも連絡していない」ということを言っていました。
そして、本当は私に対しても、連絡をしようか迷っていたそうです。
でもKSさんから、私宛の遺品を預かっていたので、
「やっぱり連絡をすることにした」というような趣旨のことを、
早口で話していました。

その数日後、遺品を受け取るために、
私はこの友人の方と会うことになりました。
指定された場所に行ってみると、御見舞のときに顔を合わせた
もう一人の友人の方もいました。
二人とも最初は、少し緊張しているような雰囲気でした。
でも話しているうちに段々と緊張がとけて、
かなり長い時間話し込んでしまいました。

彼女たちは、KSさんが亡くなったときのことを
かなり詳しく話してくれました。

その話のはじまりは、年が明けた日のことでしたが、二人とも、
そのときのKSさんの様子は本当に不思議でならなかった、
としきりに言っていました。

二人が驚いていたのは、KSさんのお母様に対する
態度の変化のことでした。
そのときまでは、誰の目から見ても険悪な雰囲気だったそうです。
それはお葬式のことで、KSさんとお母様の意見が違っていたり、
最後を迎える段階で面会できる人を規制されたことに対して、
KSさんが不満をあからさまに表に出していたからかもしれません。
しかし、その日はいつもと違っていました。
車椅子を押しているお母様に対して、
それまで見せたことがなかったようなとても優しい表情で、
「ありがとう」と言ったそうなのです。

その後、KSさんはベッドに横になり、静かに眠りにつきました。
そして、そのまま意識が戻らず、亡くなったということでした。

二人が驚いたのは、一連の様子が、まるでKSさんが
いままさに自分が逝くと知って
そうしているかのように見えたからだそうです。
もしも身体がすっかり動かなくなって、
意識が朦朧としている状態でそのようにしたなら、
不思議には感じなかったのかもしれません。
しかし、たとえ車椅子での参加ではあったとしても、
その数日前には、KSさんはケーキ作りのイベントに
参加していたくらいに元気な姿を見せていたのです。
二人はその姿を見ていたので、余計に不思議に思う気持ちが
大きかったのではないかと思います。

そして、話を聞いているうちに、KSさんの意識がなくなったその日は、
ちょうど私が青空の中に、麻原さんに導かれていくKSさんの姿を
見たのと同じ日であることに気づきました。

その後、医師が死亡と確認するまでには数日あったそうです。
その間、KSさんは一切苦しむことはなく、
まるで穏やかに眠っているようだったそうです。
そして、そのまま息を引き取り、死に顔は本当に
安らかだった、ということでした。

その後のお葬式は、身内と友人だけの少数で行ったそうです。

そんな話をしながら、二人は私に遺品を渡してくれました。
KSさんから依頼されたというその遺品は、
オウム関係のものがほとんどでした。
その中には、私がまだ入信する前のオウム神仙の会の頃に、
みんなでインドに行ったときの写真なども入っていました。

私は、そのインド旅行は体験していないはずなのですが、
その写真を見ているうちに、
懐かしさがこみ上げてきたような感覚になったのを覚えています。

二人はそのとき、「KSさんが自分の死を知らせてほしい」
といっていたリストも持参していました。
そちらは話し合いの末に、私が預かることにしました。
彼女たちは、KSさん以外のオウム関係者、
それからマスコミや警察の人たちとも、
できれば関わりを持ちたくない、という感じでした。
なので代わりに私が、その役目を果たそうと思ったのです。

とはいっても、私もまったく面識のない
マスコミや警察の方々に連絡する気にはなれなかったので、
直接、あるいは人伝に伝えたのは、
そのリストの中にあったオウムの関係者だけでしたが……。

じつはこのブログでKSさんのことを書いているのは、
そんな事情もあったからです。
希望どおりにすることができませんでしたが、
KSさんが自分の死を伝えたかった人、
とくにマスコミや警察の関係の知り合いの人たちが、
このブログを目にして、KSさんの気持ちを
知ることができればいいな
ということも願って書くことにしたのでした。

Category : KSさんのこと
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旅立ちの日 その5

KSさんと連絡が取れなくなってからしばらくして、
年明けを迎えました。
その日、私は用事があって外を歩いていました。
比較的お天気がよく、空には雲もありましたが、
青空が広がっていました。
その空を見上げたとき、不思議な光景が見えたのでした。

そこに見えたのは麻原さんの姿です。
まわりにはダーカやダーキニー(いずれも神々の一種)方がいました。
麻原さんが歩み寄っていった先にはKSさんの姿があって、
そばまで歩いていってそっと彼女の肩に手を回すと、
その一行はそのまま後ろを向いて、彼女を連れて、
空の彼方へと消えていきました。
そんな情景が突然、青空の中にはっきりと見えたのです。

それらの光景は、白銀色の光りに包まれていて
とても美しかった上に
何か気持ちの良さを感じることができるものでした。
こんなことを書くと、変に思われる人もいると思いますが。

そんな光景が消えてから、私は「こんなものが見えた」と、
KSさんにメールで知らせようかどうか、一瞬悩みました。
以前にもこういう不思議な話をしたことがありましたが、
KSさんはいつも「そういう話は好きだから」といって、
興味深そうに聞いてくれていました。
しかし、そのときのヴィジョンは、まるでKSさんの旅立ちを
暗示しているように受け取れます。
そのために知らせるべきかどうか悩んでしまったのです。

でも、それだけに、KSさんの安否が気になったので
その確認もかねてメールをしてみることにしました。
しかし、その後、返事が返ってくることはありませんでした。

その二日後に、再び不思議なことが起こりました。
その頃、私は腕時計をして生活していたのですが、
食器を洗うためにテーブルの上に外して置いていたその時計に、
突然ガラスの部分に蜘蛛の巣状のヒビが入ってしまったのです。

食器を洗っているときに、うしろの方で「パン!」という音が
聞こえた気がしていました。
しかし、振り返っても、そこには誰もいないし、
何も変わった様子は感じられなかったので、
そのまま気にせずにいました。
あとから考えてみると、あの音はテーブルの上に置いていた
時計のガラス面が割れた音だったようでした。

じつはその時計は、数日前に近所の雑貨屋さんで
買ったばかりのものでした。
安価なものでしたが、一応保証がついていたので、
翌日にお店に行ってみました。
私はそのときあまりよく観察していなかったのですが、
お店の人に見てもらって、このヒビは
ガラス面の内側から入っていることを教えてもらいました。

これは珍しいことのようで、お店の人も驚いていました。
どこかにぶつけて外側からヒビが入ることはあるようですが、
内側というのは、ふつうはあり得ないことのようです。
「トラックで運送しているときに気圧がおかしくなったのかな」
というふうにいろいろと推測しながら、
商品の品質が悪いわけではないということを
しきりに説明していました。

ヒビが外からの刺激でなく、内側からの刺激でできたものというのは、
その店員さんにいわれてはじめて理解しました。
そのようにいわれて、私はふとKSさんとの会話を思い出していました。
それは、もう、私をホスピスには呼べなくなるということが
ハッキリしてきた頃のことでした。
彼女は真剣な表情で、
「私が死んだら、必ず知らせるから。
何かの形で、必ず知らせに行くから。」
と言ったのです。

KSさんは、自分ができないことをできるというような
調子のよいことをいうような人ではありませんでした。
その言い方があまりに真剣だったので、私は返す言葉がなくて、
ただ彼女を見つめていました。
するとKSさんは私の顔を見ながら、
「あ、まだ、そんなことができるステージじゃないか」
と苦笑いをして、話題を変えていました。
そのとき私は、もしかしたらKSさんはすでに
バルドーがハッキリと見えているんだろうかと、
そんなことを感じていました。
バルドーというのは、魂が肉体を離れ、今生が終わり、
次の生へと転生するまでの間に通過するところ、
といわれているものです。

そんなやりとりを思い出して、時計の一件は、
KSさんが約束通りに報せにきてくれた印にちがいないと
思うようになりました。
と同時に、かつてKSさんが意識不明で倒れたことを知らせるために
別の存在がしたように割れたのが瓶だったら
すぐにKSさんになにかあったとわかったのに、
その後、掃除をしなくてもいい時計を選んだのが
なんだかKSさんらしい気遣いだな、
なんてことも思ったりしたものでした。

また、この時計の一件があった頃、こんなこともありました。
KSさんと縁が深かった元サマナの女性から電話があったのです。
内容は、
「急に精神状態がおかしくなったんだけど理由がわからない。
そっちは何か変わったことはない?」
というようなものでした。

私はこの元サマナの女性に対して、
「KSさんがバルドーに入ったかもしれない」
といって、自分の身のまわりで起こったことを話しました。
バルドーに入ったときというのは、すでに肉体がなく、
潜在意識だけの世界となるので、精神状態は、
普段の肉体を持っているときよりも激しいものが出てきます。
しかも、身近な人が亡くなったときには、まわりの人も、
少なからずその影響を受ける場合があるのです。
私の体験を聞いてこの元サマナの女性は、
自分もKSさんがバルドーに入った影響を受けている、
というふうに考えたようでした。

こんなふうにして、私たちの間では、KSさんの意識はおそらく
もう肉体から離れている、という認識になっていました。
しかし、残念なことにそれが本当かどうかを確かめるすべは
ありませんでした。

そんなふうに半ばあきらめていたときのことでした。
私の携帯に、見知らぬ番号からの着信がありました。
諸々のことがあってから、
すでに10日あまりが経っていた頃でした。

Category : KSさんのこと
Posted by machiku on  | 13 comments 
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