風の彼方へ

そして、いま、ここに在ること

オウムの予言 ハルマゲドン編その2

オウムの末期の時代には、外の世界ですぐに戦争が起こるかのような、
ちょっと危険な空気が感じられました。
これは麻原さんが意図的につくったものだと思います。

それは前回書いたように、弟子の心の汚れを現象化するための
マハームドラーというのが一つの理由だったのかもしれません。
いずれにしても、オウムが起こした事件のほとんどは、
そういった修行と関係していたと考えられます。

私がそう見ているのは、以前、護摩法が行われていた時代に、
麻原さんからこんな話を聞いたこともあったからです。

護摩法というのは、火によって神々に供物を供養する宗教儀式です。
オウムでは富士山総本部道場ができた頃に、集中的に行っていました。

護摩法は、師が担当していたのですが、麻原さんと一緒に行うことが多く、
そのときにはいろんな話を聞くことができました。
説法とはまたちがった形で、法則の話が聞けるのですが、
その中の一つに、こんな話がありました。

「歴史を見ると、文明が大きく発展しているのは戦争のときなんだ。
 いまの日本は戦争と関係のない平和な状態が続いているけど、
 安穏と生きられる環境というのは、修行向きじゃないんだね。
 そういう中で流されて生きるのは、草食動物に生まれ変わる因を
 つくっているようなものなんだ。」

麻原さんが説いていた教えは、「カルマの法則」を大前提にしていました。
すべての現象には、それを引き起こす原因が必ずあるという考え方です。
いま起こっていることは、過去になしたことによってもたらされたものです。
そして、未来の状態はいま行っていることによって決まり、
それは来世、どこの世界に生まれ変わるかを決める因になります。
そのように考えていたので、慚愧(謙虚さ)と不放逸(勤勉さ)を持って
修行に励むようにと言っていました。

「安穏と生きること」が「草食動物に生まれ変わる因」になるというのは、
いまの感覚ではちょっとわかりにくいかもしれません。
こういう言い方をしたのは、おそらく当時の世の中には
まだバブルの雰囲気が残っていて、いまよりもさらに、
人々が享楽的な生活を好む傾向があったからだと思います。
平和な時代は、満足感が満たされて、人はそれ以上の努力を怠りがちです。
しかも、それが享楽的な欲求を満たしてくれるものだとすると、
意識状態はかなり堕落しているので、それは動物の状態と同じであり、
そういうものへ生まれ変わる因をつくっているようなもの、
ということをこのときには言っていたようでした。

その反対に、戦争のときというのは、人々はいつも緊張を強いられています。
これでは心が休まる暇がないのでたいへんですが、
こういう環境では、人は命がけの努力をすることになります。
実際、鉄砲や戦車などの戦いを有利にするための武器開発を通じて、
人々はこれまでなかった技術を必死になって生み出してきました。
そういうものが修行の目的の一つである、智慧の進歩に通じるので、
戦争時の環境が修行に適している、ということを言いたかったようです。
そして、そういった必死の努力が、先ほども書いた
修行の大事な要素のひとつである
「不放逸(勤勉さ)」につながることにもなります。

オウムの動きというのは、理屈で考えてもよくわからない、
不可解なことがたくさんありました。
それは内側にいても同じです。
とはいえ、麻原さんとのこういう何気ない話の中に、
謎を解くヒントが隠されていることはよくありました。
そう考えると、このときの話もまた、後の時代のことを示唆していた、
というふうにとらえることができるわけです。

つまり、戦争時に見られる命がけの努力を、
魂を進化させていく修行のエネルギーとして利用するために、
起こらないはずの戦争がいますぐにでも起こるかのような雰囲気を、
麻原さんは意図的につくっていたのではないか、ということです。
この見方のほうが、世間でいわれている「自作自演のハルマゲドン」や
「王になるための戦争」などより、私にはしっくりきます。

脱会してからあらためて知ったことですが、サリン事件のはるかに前から、
オウムではボツリヌス菌や炭疽菌などを武器利用する研究を行っていたり、
自動小銃などの武器をつくっていたと聞きました。
これには正直、オウムにいた私もびっくりしました。
でも冷静に考えてみたときには、それらの多くが実際には殺傷能力がなく、
使えないものばかりだったことに気づいて妙に思いました。
本気でテロ活動や戦争を行うつもりだったら、
そんなことはあり得ないと思えたからです。

また、オウムが目指していたのが、
テロ活動や戦争を起こすことだという前提で考えると、
もう一つ大きな疑問にぶつかります。
それはこれらの武器を、自分たちの手で開発することにこだわっていた点です。
本当の目的がテロ活動や戦争を起こすことにあるなら、
それに使う武器を自分たちで一からつくるようなことをする必要がありません。
あるものを購入するとか、それを改造するとかしたほうが、
はるかに手っ取り早く準備ができるからです。
むしろそれらを使いこなす訓練のようなことに力を注いだほうが、
結果が出しやすいのではないでしょうか。

そもそも私が知っている麻原さんは、かなり合理的な考え方をする人です。
オウムはいつも、目標に向かって最短距離を進んでいました。
ときどきまわりくどいことをすることもありましたが、そういうときは
だいたい修行が関係していました。
修行を進めるために、あえて回り道をすることがあったのです。

だから最短距離を進まずに、武器を一から自分たちでつくったのは、
私には「真の目的は別のところにあった」としか思えないのです。

おそらく麻原さんは、真剣に社会を転覆させようとか、
戦いに勝つなどということは、考えていなかったように思います。
目的は武器をつくることそのもので、
それを智慧の修行にしようとしたのではないかと思います。
末期の時代はよくわかりませんが、少なくとも武器をつくり始めた当初は、
そうだったのではないでしょうか

たとえば、石垣島セミナーのときには、在家信徒やサマナと一緒に、
馬などの動物をフェリーに乗せていたという話があります。
これは後に、「ボツリヌス菌の血清をつくるために連れていった」
ということになっているようです。
それで納得している人もいるようですが、これだって疑問があります。

自分たちを守るために血清が必要というなら、ボツリヌス菌を撒く時点で、
血清ができていないのはおかしなことです。
以前、調べたことがあるのですが、
血清をつくるには半年程度の時間が必要ということでした。
そういう時間のかかる作業を、
道具も場所もない避難先で行うということもおかしなことです。

そんなふうに考えていくと、
これらはだれかに向けた演出のように見えてくるのです。
なにも知らずに避難していた人たちには、
動物まで乗せた石垣行きのあのフェリーを、
「ノアの方舟」のように見せたかったのかもしれません。
また、ボツリヌス菌づくりに関わっている人には、
血清づくりの準備までしているところを見せて、
プレッシャーをかけていたのかもしれません。

もちろん、これらは見る人が見ると簡単に見破ることができる、
かなり雑な演出だとは思いますが。

じつはオウムの最後の時期にも、こういう演出じみたものがありました。
振り返ると、そのように見えることが多々あるのです。
後に知ることができたオウムの戦争計画には、
大きな抜けのようなものがいくつもあります。
それらを見ていると、麻原さんが真剣に戦争を行うつもりでいたとは
とても思えないし、なにか別の意図があったように思えてならないのです。

たとえば、教団末期の計画の一つに、70トンのサリンをつくり、
それを使って1995年の11月に戦争を始めるという話があります。
これを実現する場合、サリンをどのように撒くかが問題になります。
しかし、これに関しては、真剣に検討されていたようには見えません。

聞いたところでは、オウムでは70トンのサリンを撒くために、
大型ヘリコプターと、2万個の小型散布機を用意したということです。

大型ヘリのことは、教団の中にいた頃から、噂で聞いていました。
しかし、私が教団の中で聞いたのは、
「ティローパ正悟師(早川紀代秀死刑囚)が、飛べないヘリコプターを
 ロシアから購入したらしいけど、なにに使うんだろう」
という話でした。

ヘリコプターの操縦のために、2人のサマナが
免許取得に挑んだという話も聞きましたが、
そのうちの1人は途中で、教団から黙って出て行きました。
この人のことはよく知っていたので、話はすぐに伝わってきました。
そして、その後に欠員となった操縦士の補填が行われたという話は、
最後まで耳にすることはありませんでした。
私の記憶が消えたからではなく、まわりに聞いても同じです。

やはり最後まで聞くことがなかったのは、
ヘリコプターの整備をする人の話です。
整備の仕事は、操縦士に比べると地味で目立たないものですが、
絶対に無くてはならない役割のはずです。
飛ばない(正確には、飛べない、かもしれませんが)状態のヘリコプターを
購入したのであればなおさらです。

このヘリコプターを本当に飛ばそうとしていたら、操縦する人より優先して、
整備の準備をしなければならないはずです。
でもそういう話は、裁判を通じて明らかになった事実にも
なかったように思います。
そうだとすると、ヘリコプターを本気で飛ばすつもりだったのか、
疑問ということになります。

こうした視点で見ると、70トンのサリンを撒くためとされた、2万機の
小型散布機に関しても同じ疑問があります。
これらをだれが操縦するかということです。
散布機をたくさん用意したところで、操縦する人がいないと話になりません。
まして当時は、大半のサマナはサリン製造のことをまったく知らなかったし、
散布計画にもまったく関わっていません。
そんな状況なので、いきなり2万機という数字をあげられても、私には逆に
リアリティがない荒唐無稽な数字にしか思えないのです。

オウムの末期には、麻原さんが教団施設を出て、
ホテルを泊まり歩いていたことがありました。
当時、これは「米軍からの攻撃を避けるため」と説明されていました。
これが被害妄想であったことは、いまでは明らかになっています。
でも私には、これすら演出で行っていたことのように思えています。

じつは同じ時期、サマナたちは「グルタチオン」という
解毒剤を飲まされていました。
理由は、米軍から攻撃を受けているからだとされていました。
あとでわかったことですが、このとき同じ敷地内で、
オウム自身がサリンをつくっていました。
麻原さんはかなり用心深い人なので、こちらは自作のサリンか、
あるいは他の兵器用の細菌などが漏れ出したときのことを考えての
指示だったのかもしれません。
ちなみに、教団施設のあちこちで、空気清浄機のコスモクリーナーを
動かしていたのも同じ理由ではないでしょうか。

オウムがサリンを撒いた理由については、一般的に強制捜査の回避や、
自作自演のハルマゲドンなどがあげられているようです。
これらはいずれも、私にはしっくりきません。
あの時点でサリンを撒くことが、強制捜査の回避にはつながらないことや、
ましてやハルマゲドンという世界最終戦争の実現につながらないのは、
だれの目にも明らかだからです。

それより修行的な意味合いに理由を求めたほうが、
やはり私には納得がいきます。

事件前に麻原さんは、
「今後は『麻原彰晃』という名前のために、
 君たちは強烈なバッシングを受ける」
というような話を何度かしていました。

あの事件が仮に予言の成就のためのものだとすると、
そういった状況を実際につくるためのものだったと考えたほうが、
私にはすんなり受け入れられます。
テロを起こすのが目的ではなく、それが失敗して、
世の中全体がオウムを徹底的に叩くような状況を
つくりたかったのではないか、ということです。
そのことによって、オウムにかかわった人たちがカルマを落とし、
さらに修行を進めさせることを目的として、あえて仕組んだ、
というふうに感じられるのです。

この見方が、世の中の人たちに到底納得できるものでないことは、
よくわかっています。
でもオウムの内部をよく知る者の目線から見た場合には、
こういう見方もできるということを知ってもらう意味で、
ここに書くことにしました。

Category : オウムの予言
Posted by machiku on  | 29 comments 
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