風の彼方へ

そして、いま、ここに在ること

オウムの予言 ビニールシェルター編

今回の話は、石垣セミナーから帰ってきたあとのことです。

その光景を初めて見たのは、富士山総本部道場の2階でした。
道場に足を踏み入れると、壁から天井から、
一面がビニールで覆われていたのです。
しばらくの間、呆然として見入っていました。

世間では、オウムの中はどこも汚いというイメージが強いようです。
実際、そうなのですが、汚さの質はちょっとちがいます。
たとえば神聖な場である道場は、修行場としてのエネルギーを保つために、
余計な物はいっさい置いていませんでした。
だから「がらんとしている」という感じで、
「雑然としている」というのはありませんでした。

未解決事件のドラマでは、麻原さんの写真がペタペタ貼られている
雑然とした道場の姿が描かれていました。これも本当はまちがいです。
じつは撮影に立ち会ったとき、私はそのことを指摘しましたが、
受け入れてもらえませんでした。
スタッフの方たちには、雑然としたサマナの生活空間の様子が
あまりに強烈だったようで、道場までそのように描かれてしまったわけです。

それはさておき、このときはその神聖であるはずの場所が
おかしなことになっていたのですから、やっぱり異常な事態だったと思います。
修行とはまったく関係のなさそうなビニールが、
そこら中に張り巡らされていたのです。
神聖な修行空間が、どこかに消えてしまったような感じもしていました。

なぜ道場がそのように変化しているのかわからないので、
とりあえず私は入り口付近で作業をしているサマナに、
「これはなんのためにやっているの?」
と聞いてみました。すると返ってきたのは、
「これからハルマゲドンが起こるからシェルターをつくってます」
という、まったく予想もしなかったものでした。

まわりを見渡すと、電気の配線作業を行っているサマナがいました。
そこでそのサマナにもなにをしているのか聞いてみると、今度は、
「ハルマゲドンが起こったときのために、外から電気を引いています」
といわれました。

これがあまりに変に思えたので、私は咄嗟に、
「ハルマゲドンが起こると、外の世界が滅んでなくなるんじゃないの?
だったら、外から電気を引いても意味がないんじゃないの」
と聞き返していました。
その瞬間、それまで休むことなく作業を続けていたサマナの手が止まって、
そのままの姿勢でフリーズしたようになりました。
それから彼は、顔を上げることなく小さな声で、
「上からの指示ですから……」
とだけいって、また作業を再開していました。

こんなやり取りをしながら、私はかつて麻原さんが行った
説法を思い出していました。
それはグルが仕掛けるマハームドラーには、「素直に引っかかった方が
修行は早く進む」といったような内容のものです。
ビニール製の核シェルターは、とても本気でつくっているものとは思えず、
私にはグルのマハームドラーのように思えたのです。
もしそうだとすると、真剣に作業をしている人たちに疑問をぶつけるのは、
彼らの修行の邪魔をすることになりかねないので、
それ以降は誰にもそのことを話さないようにしていました。

しかし、ビニールシェルターの話は、これで終わりということにはならず、
私の心の中で放置するのはたいへんでした。
その後、『清流精舎』でも、同じ光景を見なければならなくなったからです。
清流精舎は、富士の総本部や、上九のサティアンともまた別の場所にあった施設で、
川沿いの場所にあったことからこの名前になったようです。

記憶が曖昧なのですが、この頃はまだ、
支部活動が再開されてなかったように思います。
そんな中で、清流精舎で在家信徒さん向けに
「予言セミナー」が開かれるということだったので、
石垣島セミナーに参加した後に出家をしなかった人、
それからセミナーに参加しなかった人を中心に
声をかけていったものだったのかもしれません。

当時の清流精舎には、自前ではなく、元々あった建物がありました。
平屋の建物がいくつか離れて建っていたような感じで、
それらの建物の入り口には船のハッチのような密閉できるドアがつくられ、
壁や天井一面にはビニールが張り巡らされていました。
ただし、ビニールが貼られていたのは部屋の中だけです。
建物をつなぐ通路や踊り場、それからトイレなどにも
ビニールは貼られていませんでした。
仮にこれらがなにかの演出を目的にしているものだったとすると、
入り口はたしかに立派だけど、中はかなり雑につくられている感じで、
あからさまな手抜きが行われているような印象がありました。

私はセミナーの準備段階からこの清流精舎にいました。
当時はまだ「ビニールシェルターはグルのマハームドラー」
とまで確信してはいないので、まわりを観察しながら
それを心の中で確認している感じでした。
それはたとえば、トイレにビニールがないのを見て、
「核戦争が起こったら、誰もトイレに行けなくなるかな」
と考えてみたりというふうにです。
また食事づりくのワークのために
他の建物とつながっていない厨房に向かいながら、
「厨房に行くには外を歩かなければいけないから、
ハルマゲドンがきたら食事係の人は確実に被曝して死ぬことになるのか」
と考えたりしていました。

この厨房の備えはさらに雑で、ビニールがまったくないどころか、
窓という窓がすべて開け放たれていました。
清々しい空気が吸える開放感がある場所でしたが、逆にいうと清流精舎には
シェルターの機能がまったくないことをしみじみと実感させてくれました。
私はセミナーの運営の仕事を担当していましたが、
ここでセミナーに参加する在家信徒さんたちの食事づくりをするのも
ワークの一つになっていました。
麻原さんからの直接指示で、食事づくりは師が行うことになっていたのです。

じつはこのワークのお陰で、演出の雑さのようなものが
なおさらよくわかりました。
食材を確認してみると、蓄えがまったくないのを知ることができたのです。
食材を用意している係のサマナに聞いてみると、
「1日分だけを毎日買うようにと指示されている」ということでした。
それだけとっても、ハルマゲドンへの備えというのが真意ではないのは、
もう一目瞭然でした。

ビニール製のシェルターの弱点は、なんといっても強度の弱さです。
とくに子ども班がいた棟では、シェルターの中を子どもが走り回っているので、
10分と持たずにすぐに破れていたそうです。
そういったことの対策として、「ビニール班」がつくられていました。
破れたビニールの修復をする係で、いつも大忙しの様子でした。

このビニールシェルターは、在家の信徒さんたちにも
奇異に見えていたと思います。
ただし、在家信徒さんたちの反応はとても静かで、
私には「見て見ぬふり」をしているように感じられました。
ちなみに、このとき在家信徒さんたちに振る舞われた食事は、
オウムでは珍しい「おにぎり」です。
これも麻原さんの直接指示で、人数分の食事をつくるために
たいへんな思いをした記憶があります。

ビニール製とはいえ、シェルターとされている建物の中に
閉じこもって修行し、食べるのはおにぎりです。
おそらくこのセミナーに参加した在家の信徒さんたちは、
まるで避難所にでもいるかのような感覚になっていたのではないでしょうか。

ただし、これらの演出は、やはり石垣島セミナーのときに比べるとかなり雑で、
リアリティーに欠けたものだったと思います。
この予言セミナーで無常を感じて出家した人のことを
ほとんど聞いたことがないのは、そのせいかもしれません。

こんな感じですから、ハルマゲドンの話や、
その備えのビニールシェルターの力を心から本気で信じるのは、
サマナにとっても難しかったと思います。
思考を停止すればなんとかなるかもしれませんが、
そういうのは簡単にできることではありません。

たとえばセミナーの最中には、こんなこともありました。
女性サマナが二人、血相を変えてやって来て、
私を見つけてこんなことを言ってきたのです。
「いまアーチャリー正大師(麻原さんの三女)がそこに来て、
『こんなビニールがシェルターになんかなるわけないよねー』
とだけ言って去って行ったんです。どういうことなんでしょう」

このときは本当に困りました。
心の中では、三女がいっているのは「もっともなこと」と思いましたが、
それをそのまま口に出すことはできなかったからです。
それでとりあえずのつもりで、
「とにかく、いま与えられていることを全力で頑張りましょう」
といっていました。
すると二人は、それを聞いて嬉しそうに「はいっ!!」と元気よく返事をして、
そのまま持ち場に帰って行きました。

彼女たちもおかしいと思いながらワークをしていたようで、
そこにとどめを刺すような三女の言動があり、心が折れかけたようです。
しかし、そんな状況で欲しかったのは、それでも頑張るための前向きな言葉で、
この程度でも十分満足だったということのようです。

それにしてもこのときの三女の言動は、私にとっても本当に不可解でした。
彼女に対する世間のイメージは「わがまま放題」というものですが、
これは一面的な見方だと思います。
父親でもあるグルの意思というものをいつも考え、それを幼いながらも
一生懸命に遂行しようとしていたのも彼女だからです。
後に男の子が生まれるまで、3番目の子でありながら後継者として
扱われていたのは、そのような理由もあったように思います。

その彼女が、在家の信徒さんまで呼んでセミナーを開いているときに
邪魔をするようなことはしたのは信じがたいことでした。
ふだんなら絶対にそんなことをしないからです。
むしろ無意識のうちにグルの意思を感じて、その手伝いになるような行動を
することが多かったくらいなので、この振る舞いが気になりました。
もしもグルの意思を無意識に感じ取ってこのようにしていたとしたら、
麻原さん自身もビニールシェルターの効果など認めていないことになります。
そこで私は彼女の行動を、これらがあからさまなマハームドラーであることを
伝えるためのものかもしれないというふうに受けとめていました。

いずれにしてもこの出来事は、私が麻原さんの予言のすべてを
そのまま鵜呑みにすることをしなくなった大きなきっかけになりました。
予言がらみの話を聞いたときには、なにか別の意図がないかを
少なからず考えるようになったわけです。

後に聞いたことですが、このときのビニールのシェルターは核爆弾用ではなく、
オウムが自らまいたボツリヌス菌から守るためのものだということです。
一般的にはそのように理解され、密閉されていないシェルターのずさんさなどは、
すべて「オウムの特徴だから」と解釈されているようです。
人を大量に殺す兵器をつくったり、恐ろしいことを平気で行っているけど、
どこか抜けているところがあるのがオウム、ということなんでしょう。

しかし、私はちょっと別の見方をしています。
シェルターづくりがずさんだったのは、つくっていたボツリヌス菌を利用した兵器に、
人を殺傷する能力がないことがわかっていたからではないかと考えています。
実際、効果が著しく低いことは、
散布の前に動物実験で確認されていたという話もあります。

麻原さんは大ボラふきのような話をすることが多く、目も不自由なので、
細かいことには気が回らないと世間では思われがちです。
でも実際は、とても緻密で慎重な人でした。
私は麻原さんと接しながら、常々そのように感じていました。

それは経典の翻訳や修行法の効果の確認などで、それが正しいかどうか、
きちんと効果があるかを常に吟味している姿を見てきたからです。
それくらい慎重だった人が、開発した兵器の効果、
それからそのものから守るためのシェルターの能力を知らずに
大量散布の指示をしていたとは思えません。
ふだんの麻原さんのことを考えると、そういう姿は想像できないので、
少なくともこの時点では、そういうことを折り込み済みで演出を行っていた、
と、いまでは考えるようになっています。

つまり、石垣島セミナー、それからその後の清流精舎での予言セミナーは、
サマナと在家信徒さんたちを巻き込んで行った
「避難訓練」のようなものではないかということです。
そしてもう一方のボツリヌス菌の開発と散布は、
「軍事訓練」のようなものだったのかもしれません。

オウムはこの時点で無差別テロを計画していたのは事実のようですが、
いずれにしても本気度はまだかなり低かったと思います。
少なくとも95年のサリン事件の直前とは明らかにちがっていました。
94年から95年にかけては、教団をつぶすためにそうしていたのかなと思える
兆候のようなものが、あちこちで見られていたからです。

そのことはまた別の機会に書くことにします。


Category : オウムの予言
Posted by machiku on  | 22 comments 
該当の記事は見つかりませんでした。