風の彼方へ

そして、いま、ここに在ること

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Posted by machiku on  | 

入信、そして出家の動機

忙しくてなかなか更新ができませんでした。
申し訳ありません。

なぜ麻原さんを信頼できたのかということの続きとして、
今回は、まず入信や出家の動機などについて書くことにします。

私が入信をしたきっかけは、ドラマにもあったように、
バブル前夜という、浮かれた時代に対して
違和感を感じていたことが大きかったと思います。
でも本当のところは、それだけが理由ではなく、
子どもの頃から強く持っていた思いが影響していました。

私は子どもの頃から、
この宇宙の外はどうなっているんだろうとか、
なぜ人の心と自分の心が別々なんだろうとか、
いまいるこの世界も、もしかしたら夢の世界ではないだろうかとか、
そんなことをよく真剣に考えていました。
いま目の前に見えているものだけがすべてではないように思えて、
私たちが住んでいる宇宙が本当はどうなっているのか、
いつも気になっていたのです。

だから初めて行った丹沢のセミナーで、
麻原さんが私がすっと知りたかった、ヨガや仏教の教えに基づく
宇宙の構造のことを説法で話してくれたときには、
本当に感動しました。
そのときはまだ右も左もよくわからない新入会員でしたが、
もっと話を聞きたいと思い、スタッフ(当時は出家サマナのことを
こういいました)になることまで真剣に考えていました。

また出会った直後から麻原さんやオウムに強くひかれたのは、
子どもの頃から修行を求めていたことも大きかったと思います。
まだ小学校の低学年だった頃のあるとき、こんなことがありました。

私の母は、山奥にあるお寺巡りが好きで、
普段からひとりで出かけていました。
その母がとても気に入ったお寺があり、ある日曜日に母のすすめで、
家族全員でそのお寺へ行ったときのことです。

我が家から車で1時間くらいのところにあったそのお寺に行くと、
住職さんが銅鑼のようなものを叩きながらお経を唱えてくださいました。
その銅鑼は、木魚のようなポクポクポクポクという素朴な音ではなく、
ボーン、ボーンといった低い音が響くようなものでした。
私たち家族はその音とお経を、正座をし、目を閉じながら聞いていました。
そのとき私は、自分の肉体からもう一つ別の身体が抜け出して、
お寺の中をフワフワと飛んでいるような、気持ちの良い体験をしたのです。

その時間はとても幸福で、住職さんのお経が終わったときには、
目を開けるのがとても残念でなりませんでした。
そして終わってから父親に、
「もっとやろうよ、気持ち良かったよ」とねだっていましたが、
その姿を住職さんは嬉しそうに見ていました。

その後、成長するにつれ、いろんな本を読んでいるうちに、
そのときのことは、瞑想のひとつの体験だと理解しました。
そして次第に、瞑想というものを本格的に学びたくなったのです。
でも一方では、瞑想修行というのはちゃんとした指導者がいなければ、
とても危険ではないかという思いが直感的にありました。
それで結局、自分が心から優れた指導者と思える人が見つかるまで、
瞑想修行を行うのを我慢していたのです。

そんな思いがあったので、25歳になった頃、
麻原さんの書いた『超能力 秘密の開発法』という本に出会ったとき、
強くひかれることになったわけです。
この本を夢中になって一晩で読んでいましたが、
それは「もしかしたら探していた指導者が見つかったかも」と思い、
とても嬉しかったからです。

そして本を読んですぐオウムに電話し、入会の手続きをしていました。
その頃のオウムがあったのは渋谷の小さなマンションですが、
喜びが抑えられず、すぐに出向いていたのです。

このときには同時に、それから数ヶ月後に行われるセミナーと、
麻原さんからのエネルギー移入であるシャクティーパットの申込まで
行っていました。
そこまでのことを一気にやってしまったのはやっぱり、
子どもの頃から求めていたことをかなえられる場所を、
やっと見つけることができたと感じたからだと思います。

そして入会後は、当時麻原さんが使っていた「千年王国」という言葉に
強くひかれました。
表現は時代によって変わりましたが、私が強く望んでいた、
修行をしながら生きていくことができる理想の社会のことです。
まだオウムが小さなヨガサークルのような組織だった頃から、
麻原さんはそのような社会をつくりたいとずっといい続けていました。
そのことに心から賛同できたし、大きな価値のあることに思えたので、
最終的には私も出家する道を選んだわけです。

じつはNHKから取材を受けたときには、
そのようなことまでは話しませんでした。
わざとそうしたのではなく、聞かれなかったので話せなかったという感じです。
でも宗教や精神世界にあまり関心のない人にとっては、
入信理由や自分の全財産をお布施してまで出家した理由を
理解してもらうことは、なかなか難しいことのようなので、
今回は補足として書いておくことにしました。
もちろん、その頃の浮かれた時代の雰囲気に違和感を覚えたことも、
内的な世界への関心をさらに強めていくきっかけになったことは
まちがいありませんが。


ということで、また次に続きます。

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Category : 出家生活
Posted by machiku on  | 2 comments 
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