風の彼方へ

そして、いま、ここに在ること

新刊のご案内

2年ぶりの更新になります。

本が出ることになりました。
森達也さんと早坂、そして私の3人の鼎談本です。

『A4 または麻原・オウムへの新たな視点』

もう一度、オウム事件を考えるきっかけになればと思います。
興味のある方は、一読してみてください。

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グヤサマジャのエレメントバージョンについて

今回は、グヤサマジャに五大エレメントの一部のバージョンが
あるのかという話についてです。

これは、コメントでも聞かれたことでしたが、
その後、他の人からもメールでご質問をいただいたので、
本文の方で、簡単に書いておこうと思いました。

今回の話は、オウムの元サマナや元信徒、
あるいは、現信者の方にしかわからない話だと思います。
私が描いた全部のグヤサマジャを並べてみると一目瞭然ですが、
背景が全部違っています。

これは、前にも簡単に触れましたが、背景に関しては、
麻原さんからの指示はありませんでした。
すべて、私がそのときに描きたいと感じたように描いていました。

そのためと言っていいのかわかりませんが、
今となっては、描いた本人の私も
どんな背景で描いていたか、すべてを記憶してはいません。
『マハーヤーナ』に掲載されている一番始めに描いたグヤサマジャは
水の中から蓮華の台座が出ているものなので、
水元素バージョンと言っている人もいるようですけど……。

記憶にあるのは、独房修行を経て成就と認定された後に
描いたものに関しては、初めて麻原さんに、
手放しで褒めてもらえました。
成就認定後に描いたグヤサマジャに関しては、
それまでとは違った出来になったと自分でも感じました。
なので褒めてもらえたことが素直に嬉しかったことを
ハッキリと記憶しています。

それは、修行によって心の浄化が進んだことが
描いたグヤサマジャの絵にハッキリと現れたと、
自分でもそう感じていたので、
褒められたことが喜びにつながったということです。

そして、さらに時間が経って、最後の方に描いたものに関しては、
私自身、具体的な風景はいらないと感じるようになっていました。
なので、深いブルーの中に
グヤサマジャが浮いているようなイメージで
描いたように記憶しています。

そういった背景の移り変わりが、見る人によって、五大エレメントの
地元素バージョン、水元素バージョン、空元素バージョンというように
見えているのかなと思います。

確かに、言われてみるとそうなってるかな、とは思うものの、
そのときに描いていた私自身は、意識していたわけではありません。
今回は地元素バージョンで描こうとか、空元素バージョンにしようとか
考えていたわけではありませんでした。
違いについてあえて理由付けをするとすれば、そのときの感覚的なもの、
といった言葉になるでしょうか。

○○バージョンという話は、最初は「そう見えるね」というのが、
伝達されていくうちに、「地元素バージョンや水元素バージョンがある!」
という断定形に変わっていったのかもしれません。
実際、オウムの中の噂話は、だいたいそんな感じでした。

そのため、本当に真相を知りたいときは、話をしている人に聞いて、
最初にその話をした人を特定して確認しなければなりませんでした。
そうやって話を聞いてみると、たいていの場合は、
広まっている話とは違う内容である場合が多かったように思います。

ちなみに、グヤサマジャの噂話では、
描いているのがある政治家の四男の方というのもあるようです。
こちらはオウムの中ではなく、一般の人のネット上での噂話です。
真実のように主張している人もいるようですが、事実無根です。

○○バージョンというのは悪意のない噂話ですが、
一般に流れていた作者の話は、相手を陥れるために
誰かが意図的に流したように思われます。
あまりにひどいことで、根も葉もない噂話を目にするだけで
悲しくなったものです。

と、最後はまったく関係の無い話になってしまいました。
ともあれグヤサマジャの○○バージョンの話は、
見る側の人たちの感想から始まったもの、
と認識していただければと思います。

Category : グヤサマジャ
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グヤサマジャ・後編

前回のグヤサマジャの話のつづきです。

オウムには、出家者のみならず、在家の信徒さんにも伝授されていた
秘儀瞑想というものがありました。
代表的なのは、グルヨーガマイトレーヤ、小乗のツァンダリー、
グルヨーガ、大乗のツァンダリーの四つの瞑想法です。

私がグヤサマジャを描くように依頼された頃は、
これらの瞑想法はまだちゃんとした形で伝授されていませんでした。

たとえば、グルヨーガに関しては、はじめの部分は伝授されていたものの、
最後までいっていませんでした。
グルヨーガマイトレーヤや大乗のツァンダリーの伝授が行われたのは、
もっと後になってからのことです。

つまり、大きな柱とも言える四つの瞑想法のうち
弟子たちに対してはじめて最後まで伝授されたのが、
小乗のツァンダリーだったようなのです。
そして、それは私が、麻原さんからグヤサマジャを描くことを依頼された、
ちょうどそんなタイミングでした。

資料を見直してみると、小乗のツァンダリーは
八回に分けて伝授が行われているので、八日間に渡っての伝授だったと思います。

『メディテーション・セミナー』と題されたそのときのセミナーでは、
すべての日数を受けなければならないという説明はいっさいありませんでした。
場所は、それまでの丹沢や秩父ではなく、
東京近郊に住んでいればいつでも気軽に行くことができる
世田谷の上町にある道場でした。

そのせいかどこか気軽さがあって、好きな時間だけを受ければいいというような
雰囲気だったと記憶しています。
ほとんどの在家の人は、土日だけとかの、
あまり無理をしない時間設定で申し込んでいたようです。

私はそのとき、いつでも出家ができるように
会社は辞めてフリーで仕事をしていたので、
時間はやりくりすれば全日程参加することができました。
実際、八日間すべてを申し込んだのですが、
それを知った親しい人たちから、
「それは貪りだ」と怒られたのを覚えています。

じつはそのセミナーが始まる数日前ほどに、
麻原さんと直接に話をする機会がありました。
そのときに麻原さんは
「じつはこのセミナーは、全部の日数を参加しないと意味がないんだよ」
と、無邪気な笑みを浮かべながら種明かしをしてくれたのでした。

ある瞑想法を完全な形で伝授するのは初めての試みで、
いろんな意味で様子を見たかったのかもしれません。
もしかしたら在家の弟子たちにどれくらいの意欲があるのか
試したのかもしれません。

このとき伝授された小乗のツァンダリーの瞑想は、
貪瞋癡という三毒を使ってエネルギーを上げ、
解脱し、救済していくというものです。
この瞑想法にグヤサマジャが登場します。
ただし、姿形は、私が描くように依頼されたシヴァ神のグヤサマジャと、
まったく同じというわけではないのですが。

小乗のツァンダリーは、密教的と思わせる瞑想法です。
それ以前に、丹沢などで行われた説法でも
タントラヴァジラヤーナに関連する話は、
サラッと流すような感じで出てはいました。
そういった修行体系がいよいよしっかりとした形となってきたのが、
もしかしたらこの頃だったのかもしれません。
もちろん、これはあくまで瞑想修行の話ですが。

この修行からその数ヶ月後、
私はそれまで住んでいたマンションを引き払って
正式に出家を果たすことになりました。
ちょうどオウムの機関誌である『マハーヤーナ』が創刊された頃です。

マハーヤーナもまた、麻原さんの直接指示のもとに作られていきましたが、
それは関わっている人たちの話を聞きながら進めていくという形でした。
麻原さんが要望を伝えるのは本文の部分で、デザインやイラストなどは、
一応のチェックはするものの、口を挟んでも簡単なアドバイス程度という
状況だったように記憶しています。

そのマハーヤーナの創刊号には
私が初めて描いたグヤサマジャが載せられることになりました。
麻原さんからは、初めて描いたグヤサマジャに対して
まだまだ現世的なエネルギーが強いというような指摘を
何度か受けていました。
それでも一度描いたものは
ぞんざいに扱うようなことはないどころか、
最初の予定どおり祭壇に飾った上、
マハーヤーナにも掲載するといったように
とても丁寧に扱ってくれたのでした。

マハーヤーナの創刊号には「文月」(※七月)と書かれています。
この年の八月には、世田谷の松原に東京本部道場、
その翌日には大阪支部道場の道場開きが行われています。
その後も次々と各地に支部が開かれていくわけですが、
その支部の数だけ、私はグヤサマジャを描くことになりました。

余談ですが、私が新たなグヤサマジャを描くたびに、
麻原さんはその時々の私の修行ステージに沿った
評価をしてくれていました。
たとえば、そのときのグヤサマジャの色使いを見て
「ちゃんとアストラルに行っているんだなあ」
といった具合にです。
あるグヤサマジャを描いていたときは、
ずっとシヴァ神に対する強い憧れが出ていたのですが、
描き上がったものを見て、
「シヴァ神ってステキ、シヴァ神ってステキとずっと思念していただろ」
と言い当てられたこともありました。

じつはグヤサマジャの中に描かれているダキニ天女の様子は
最初に描いたものと、その後に描いたものとでは違っている部分があります。
はじめは一つの顔と二本の腕を持っていたのですが、
後になると、ダキニ天女も三面六臂となり、
グヤサマジャとダキニ天女の額には
梵字でオウム字が書かれるようになります。
これももちろん、麻原さんからの直接指示でそうなりました。

それらの指示は、たしか秩父でセミナーを開いていたときに
受けたと記憶しています。
麻原さんの控え室に呼ばれて行ってみると、
やはり、いつものように唐突に
「グヤサマジャとダキニ天女の額にオウム字を入れてもらいたい。
ダキニ天女もパワーアップしてステージをあげるために
三面六臂にしてくれないか」
と、穏やかな笑みを浮かべながら話していたことを思い出しました。

その秩父セミナーは、ちょうど麻原さんが教団名を
『オウム神仙の会』から『オウム真理教』へと変えたいという話を
されたときのものでした。

『オウム真理教』という名前は、そのとき突然に浮かんできたようで、
「これはシヴァ神の示唆だから」
というような話があったことを記憶しています。
意気揚々と話していたのがとても印象的で、
そのときそこにいた弟子たちの一人一人に、
「どう思うか?」と意見を聞いていました。

私がグヤサマジャを描いていた頃は、
こんなふうにいろんなことが同時に動き始めていたのでした。

その後、あるときから少しずつフェイドアウトするように、
グヤサマジャを描く時間が与えられなくなりました。
思い返してみると、完全に描かなくなったのは、選挙が終わった頃でした。
あの選挙のときに、麻原さんの目は完全に見えなくなっています。
そのタイミングでグヤサマジャを描くことがなくなったのは、
いま考えると単なる偶然とは思えないでいます。

グヤサマジャを描き始めた頃は、
そのときの私にとっては不思議とも思えるような
シヴァ神の意思を感じさせるような出来事があったりもしました。
そんな不思議な偶然のような出来事は、
描いている間、ずっと続いていたのかもしれません。

シヴァ神のグヤサマジャの意味合いは、
オウムが起こした数々の事件と切っても切り離せないものが
あったかもしれません。
しかし、描いているときの、あの何とも言えない
静かで穏やかなエネルギーは、
事件のきな臭さとはまったく結びつきません。
いま思い返しても、そんな風に感じるのでした。

これでグヤサマジャの話は終わりにします。
ブログも、またしばらくお休みします。

Category : グヤサマジャ
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